メンヘラの徒事

エリ、メンタル弱めな日頃のモヤモヤを綴る。読書記録としても利用します。

「今日何もしてない」感

今日は子どもの学習教材用のCDをiPodに写す作業をした。

20枚近くあったのと、教材だからCDにアルバム名等が割り振られておらず直接打ち込んで保存しなくてはいけなかったりと割と地味な作業だった。気がつくと一日があっと言う間に終わっていた。

 

「まぁ、こんな日もあるよ」と思うところなのだが、完璧主義な私が「もっと要領良くやれたハズ」ってゆう要らないアドバイスをしてきて心が落ち着かない。

地味な作業をするといつもこうだ。

 

もっとテキパキやれば「お散歩に行けたハズ」「もう一品おかず作れたハズ」「買い物に行けたハズ」…etc.自分を褒めることが下手で、キツく自分を苦しめることでしか満足できない。もっと気楽でいたいのに。

 

せめて我が子には、苦行以外でも人生を楽しめる心を育めるように子育てをしていきたい。

 

読書記録『サーカスの夜に』小川糸著

【『サーカスの夜に』を読んで】

 

頼りなげだった主人公の「僕」が自らの手で人生を切り開いていく、言わば私の苦手なサスセスストーリーのはずが、この作品では夜空の星から言葉がこぼれる、絵本のような物語が紡がれていてとっても心地よい気持ちになった。

 

当初は事の真相にまで考えを巡らせるには純粋で単純だった「僕」。その彼が、サーカスの社会に揉まれていくうちに、立ちはだかる仕方の無いことを受け入れていく姿は、私の新卒時代(いや、今もかもしれない…)と重なる部分があった。(夢ばかりでは食べていけないし、やりたくなくても仕事はしないといけないのだ!)

 コックの言う仕事論や、団長が急遽予定を変更する理由や、ローズの言う幸せ論は、私に「仕事で辛いのは当たり前だ」「失敗はつきもの、うまくいったことを大事に噛み締めて」と、優しく同意してくれてるようで安らかな気持ちになる。

「僕」がサーカスの必要性を心の中で語っているけれど、私も一時であっても、辛さを忘れられるようなサーカスはなくてはならないものだって激しく同意する。それに、「僕」の言葉で私はこれからもずっとサーカスを必要とし続けていいんだって、安心させてくれたことが嬉しかった。

 

心が辛い今、サーカスを求めて私は毎日を生きます。

 


f:id:menheran:20170815001843j:image

気分転換のはずが。。。

子どもを産んでから今まで家にこもりがちだったので、夏休みで東京へ遊びに来ている甥っ子たちと実家へ集まった。

 

実家へ行くのは極力避けたかったのだけれど、赤ちゃんやちびっ子たちが気兼ねなくいられる場所は実家しかないので仕方なく。。

 

やっぱり実母の幼い子どもへの叱責や威嚇が容赦なく、とても辛くなってしまった。。

 

お昼ご飯の時、甥っ子が「ラーメン熱いから小皿にうつしたい、やっていい?」って言ったら案の定「ダメ!」の一言。

「理由は?」と実母に聞いても、私を見下してるからか完全に無視。「どうして何でもかんでも禁止するの?」と聞いても馬鹿にしたような視線を向けてるくだけ。

この人にはもう、何も通じない。それはもう歳だからかもしれないし、単に性格が悪いだけかもしれない。理由はどうであれ、理解し合えない人なんだと改めて思う。

 

私の娘が喋れるようになったら、実母に会わせたくない。威嚇されて怖がる娘は見てられない。

自分へのお金と時間のかけ方

私は今までお洒落や娯楽へお金や時間を使わずに生きてきた。多少可愛いなと思う服やアクセサリーがあれば時々購入したりもするけれど、なかなか積極的にはなれなかった。

 

それはかなり異常なレベルに達していて、既にアラサーなのに中学生の頃に買った洋服を今でも来ていたりするほど。旦那にも呆れられるのでどうして購入しようと思えないのかを改めて見つめ直してみた。

 

まあ、普通に「あれ可愛いな、欲しいな」と思う感情は確かにあるんですよ、普通にね、。お店で悩みもするし、「買ってしまおうか」とも思いつつもそこから「買わない」選択を毎度している訳なんだけど、「結局自分のことなんて誰も見てやしないよ」ってゆう言葉が頭をかすめて欲しいモノを諦めてるって気付いたんですよね。。

まあ、ファッションにお金がかからないのは家計的には嬉しいんだけれども、心は傷んでるんですよ。荒んでいるとゆうか、なんとゆうか。お洒落なことに価値のある、プラスアルファなモノを躊躇する行動は「結局他人は自分に無関心」という自身への刷り込みが具現化した姿を表しているようですね(泣)

 

大抵無意識のうちに「他人は自分に無関心」「私のことなんか見てやしないよ」と思っていたようなんですけどね、その概念を壊してくれる素敵な出来事が先日起きたんですよ。それは、旦那に子どもを任せ、新宿へ羽を伸ばしに遊びに行ってきた日の事。

産後(4ヶ月ほどになります)の肌荒れを何とかしたいなと思い(皮膚科に行っても治らないのでメイクで隠そうと思い立ち)、デパートのコスメカウンセリングを初めて受けて来たんです。(本当に驚いたんですが、プロの方の手にかかるとニキビ顔もあっと言う間にツヤツヤお肌になるんですね!!)デパコスは少し高いけれど、肌への実用的な良品と思い購入しました。 

 その日、家に帰って真っ先に「化粧変わった?」と旦那に言われたのがとっても嬉しくて。私の顔の様子が綺麗に変わってなんだか嬉しいようで、私が今まで「自分なんて」と思い込んで最低限でしか身なりを気にする事ができなかったことは、知らず知らずのうちに身近な人からも快適さや楽しみ、嬉しさを奪っていたんだなと気付かされたのです(汗)ごめんね、旦那よ。。

 

実用的なモノたちだけで生活するのもそれはそれで気楽で余計なお金もかからない。でも、プラスアルファなモノたちこそ、身近な人を含めて自分までをも楽しませてくれる最高のパワーアイテム。自分にお金や時間を遣うことがこんなにも嬉しいことだと気付けた今日この頃でした。

 

新宿ではニキビを隠せる実用的なベースメイクだけしか購入してないので、今度はリップやアイシャドウなど、プラスアルファでお洒落を楽しめるモノたちを選ぼうと思います。


f:id:menheran:20170806164657j:image

(ちなみに↑の下地を購入しました)

 

運動が必須

心が塞ぎ込んで辛い日々。

やっと落ち着いてきたけれど、いつまた不安定になるか分からず辛い。

 

運動することは鬱な思考をストップさせてくれる有効な手段ではあるけれど、それはイコール運動しなければ嫌な感情に支配されてしまうことなので根本的な解決なのかどうか分からない。とはいっても鬱の状態にどっぷりと浸かってしまうよりは少しの間でも抜け出すのは心にも体にも休息を与えてくれるので運動する。

とても良いリフレッシュ。

 

だけどね、リフレッシュしてお家に着いてご飯の支度をしている時なんかに、フッと鬱に足を取られて引っ張られているんだ。

まだまだリカバリーできてないね。

 

どうしたら苦しさから解放されるのだろう。

いつになったら何もせずとも平穏でいられるようになるのだろう。

何も悪い事は起きていないのに、

一人で過去の嫌な記憶と闘っている。


f:id:menheran:20170805182200j:image

穏やかな家族

旦那の家族と過ごしていると、肉親間でのケンカがなく、とっても穏やかに時が流れる。

 

罵ることもなく、叫び声も怒号もない日々は、恐怖心を育てることもなく安定した心をもたらしてくれる。

 

相手を思いやる温かな空気に包まれているのは物にもあふれていて、使い古されたお鍋もまだまだ現役の黒電話も、一つ一つ大事にされてきた様子で今まできちんとその役割を全うできている。

 

私の家とは全然違う。

 

私の家は新しいものに溢れていても、そのパワーを発揮できずに捨てられる。 買うだけ買って、そのままになっている物たち。なんて可哀想なんだろう。

 

物に対しての想いは人に対しての想いに無関係ではないんだとつくづく思う。

 

失敗との向き合い方が分らない

今、充分幸せなはずなのに、些細な辛い過去を思い出してしまう。悪い癖。

 

言ってしまった言葉やしてしまった行動は変えられないし、誰も私の過ちをそこまで気にしているとも思えないし、今後その人達と関わることはないのにいつまでもいつまでも気にしてしまう。

疲れるな。。。

 

これから関わっていく人を大切にする上で大事なできごとだったと思って葬りたい。焼き払いたい。

間違えたり失敗したりすると暴力や暴言で罵られた私は、失敗することを極度に怖れ、失敗した時のリカバリーがうまくできない傾向にあって、学生の時は特にこの傾向が酷かった。

失敗して迷惑をかけた人と今後一切関わらない方法で切り抜けたつもりでも、当時の失敗の記憶が沸々と湧き上がってくる。

今、あの人は当時の私の事をどう思ってるんだろう。。きっと最低な人だと思ってるな。

謝れるなら謝りたい。

 

何年も前の学生だった時の事なのに、どうやって前に進めば良いのだろう。

まだまだこの過去に苦しめられそうです。