メンヘラの徒事

エリ、メンタル弱めな日頃のモヤモヤを綴る。読書記録としても利用します。

【読書記録】ケモノの城 著者:誉田哲也

情景を想像する上で淡々としたタッチは読みやすく、想像であるのに事件模様が脳裏から離れないような衝撃を受けた。

この小説は北九州市で起きた監禁殺害事件をモデルとしているが、マインド・コントロールをされた惨劇が現実世界で起きている事が恐ろしい。弱みににつけ込み、暴力により心までも支配し、愛する家族であっても犠牲にしてしまう精神状態とはいったいどういった状態なのだろうか。また、そのような状態に誰しもが陥ってしまう可能性があることがまさに恐ろしい。

 

霊感商法やらマルチ商法やらに何度か誘われ、完全に引き込まれきっている人々を目の当たりにしたことがあるけれど、きっと彼らも連日続くメールや訪問、セミナーやホームパティーを装った勧誘、場合によっては共同生活により、思考が完全に支配されてしまっているのだと思う。いとも簡単に。。。

 

世の中には、人をモノのように利用する人間がいるということ、しかも、周りの人を気遣っているように装うことも可能な人間がいるということに気を付けていきたい。人を疑って生活していくのは、とても寂しいことだけれど…。

 


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矛先の先っぽの痛み

「お金がない」

「勉強しなさい」

「いい加減にしろ」

 

1億円近くする土地と建物を手に入れても、

お金が常になかった我が家。

 

子どもの習い事ばかりにお金をかけ、

思い通りにならなければ暴言暴力。

 

父がアルコール依存症をいいことに、自身の受けるストレスを子どもにぶつける母。

 

「仕方なかった」と、大人になった私はそう思うように努力している。そう、思えるようになりたいし、もう振り返ることがないくらいに記憶を消していきたい。

けれど、辛い感情の記憶はなかなか消えてくれない。私の心をとくとくと支配し記憶が溢れて流れ出てしまう。

もう、過去の事なのに。

 

どの記憶がどう悲しいのか、辛いのか、

きちんと整理して向き合わないと、

きっと我が子に同じことを繰り返してしまう。辛いけれど、この記憶としっかり向き合わなければ。。。

 

「お金がない」

部活の試合で少し遠い中学校が会場になることが多々あった頃、交通費をもらうたびに「金食い虫」と罵ったね。私は風邪を引いたことにして、試合には極力行かないようにしたよ。

クラスの全員が、家のパソコンにネットを繋ぐか、携帯を持たせるようになっている時代に、私だけ置いてけぼりだったよ。どんなにネットが繋がっていることが重要か説明しても、「お金がない」の1点張りだったね。

 

「勉強しなさい」

勉強のため、お受験のため、習い事のためにマンガもテレビもゲームも友達との遊びも禁止したね。ポケモン世代なのにポケモン知らなくて、ワンピースもNARUTO犬夜叉も内容が全然分からなくて、クラスの子たちと話が噛み合わせられなくて苦労したよ。

 

「いい加減にしろ」

交通費だと説明しても、「いい加減にしろ」。お洒落に目覚め始める年頃なのに、最低限の洋服が欲しいとお願いしても「お金がない」・「いい加減にしろ」。インターネットがどれだけ便利で色んな面白いことができるか説明しても「いい加減にしろ」。

 

私はなんのために生きているのか分からなくて、毎日死にたかった。

 

母親にされて辛かったことを上げていく

今後の子育てに役立つ事を願い、母親にされて辛かった記憶を振り返ってみようと思う。

 

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①「ダメな子」意識

運動会やお遊戯会といったイベントが幼稚園で催されるが、前日頃から風邪をひき、当日欠席するような子どもだった私。看病中の母が呆れた様子で「いっつも風邪引くよね」と言った。きっと一度の愚痴やぼやきなら忘れていただろうが、小学生に上がっても、中学生になってもこの頃の話を持ち出し「呆れた子」「ダメな子」意識を植え付けていった。ちなみに今でもこの話をされて心が痛む。。

 

②風邪を引くと叩かれる

小学3年生の頃、気持ち悪くて我慢できず部屋で嘔吐してしまった時、わざわざ部屋にやってきて床に吐いたことに怒っているのか頭を叩かれたことは今でも忘れない。許さない。

 

③「突き落としてやろうか」

小学3年生の頃、お受験専門の塾に通うも成績が悪く、母の怒りが頂点に達したのか2階のベランダを指差しながら「突き落としてやろうか」と言われたことは「死」を意識する始まりとなった。あの時、もう少しの勇気があれば飛び降りていたことだろう。その後も近所の歩道橋や駅のホームを前に、全てを終わりにしたくなる時期があった。中学生の頃がピークだった。今もストレスや不安感で負荷がかかると、自殺願望に支配されることがある。

 

④友達を家によぶと叩かれる

小学4年生の頃、だんだん女の子たちはお家で遊ぶ事が多くなってきた頃の事。いつも家は物で溢れ、とんでもななく汚い状態を見られたくない理由で、家で遊ぶ事を禁止していた母親。でも、どうしても友達と遊びたくて家に友達を招いて遊んでしまった。友達が帰った後、嫌というほど叩かれ怒鳴られ怒られた。もう二度と、友達を呼ばないと心に決めた。現在も家は汚く、今後も誰も招くことはないだろう。

 

⑤習い事ずくし

月曜 水泳

火曜 塾

水曜 バレエ

木曜 塾

金曜 ピアノ

土曜 塾、バレエ

日曜 塾(隔週)

といった感じで、小学3年生の頃から習い事ずくしで遊ぶ時間がなかった。良い教育を受けさせたいと思ったからだそうだが有難迷惑。習い事に子守をさせたかったのかな?結局今は無趣味。残念すぎる。

 

⑥服代は渡さない

中学生の頃。そろそろ洋服にも興味が出てくる年頃。小学生の頃のダサいTシャツでは外に出られない、服が欲しい・服を買うお金が欲しいと訴えても聞き入れてもらえず。。。友達と遊ぶのを躊躇するようになった。

 

⑦全否定

 アルコール依存症の父を嫌い、父と母は毎日毎日喧嘩や取っ組み合いが絶えなかった。父親のことを母が嫌っていることは明白だった。

父親似の私は事ある事に「お前はあいつの血が濃いからわがままなんだ」「あっちの家系だからバカなんだよ」「どんくさいのは父親似だから」と父の血を継いでいることを殊更強調し罵倒されることが多々あった。辛かった。寂しかった。死にたかった。母親に似ていないことをダシに「病院で取り違えられたんだよ」と何度も聞かされたのは本当に辛かった。私は出来が悪いから別の子が良かったんだと、子どもながらに思っていた。

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ここまで書いていて、当時を思い出して辛くなってくるんだけれど、今後、我が子に同じことをしてしまわないよう、戒めとして書いておく。

まだまだ書けることはあるけれど、今回はここまで☆

【読書記録】虚ろな十字架 著者:東野圭吾

私が子どもを産んだばかりだからか、子どもを殺された小夜子と中原の心境は生々しく痛ましかった。

子どもの成長をそばで感じる、幸せな日常のかけがえのなさを痛感した。幼い子どもを殺す痛ましい事件が最近でも起きてしまった事は絶対に許されるべき事ではないのと同時に、どうか我が子が無事に生きていてくれることを願ってやまない。

 

本作品の通り、現実世界でも多くの遺族は殺人犯に対し死刑を願ってしまうだろう。ただ、罪への反省の思いを抱くことのとのない殺人犯を死刑とする事が、果たして意味のあることなのか。悲しみの代償とするには余りに虚しい結末にしかならない。また、殺人犯が反省し、罪を償いたいと願っても、殺された者が生き返ることはなく常にその死と向き合わねばならない遺族は、どこにこの悲しみをぶつければ良いのか。悲しみと共に生きる辛さは想像するだけでも居た堪れない。

 

私個人としては死刑制度に反対ではあるが、万が一私が当事者となったら、きっと死刑を願ってしまうだろう。死刑判決の獲得が叶ったとしても、何も報われることはないのだけれど。。。

 

遺族にも犯罪を犯した者にも、より生産的な判決・更生のあり方を作る必要があるのだと考えさせられる作品だった。


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実家の猫(2)

『実家の猫』の続きです↓↓


やんちゃなお年頃の愛猫は、毛が長くお手入れが必要で、つんつんしているプライド高めなお姫様猫。言うことなんて聞かないことがほとんど。まあ、猫だからね。そこが可愛いんですよ。

そんな愛猫のことを母親は処分しようとしていました。具体的には誰かに譲ろうと、近所の人に声をかけていたようです。

まさか冗談だよな〜と聞いてたんですが、冗談抜きで欲しい人がいたら、事は進んでいたようです。久々に実家に来た私に「猫のお世話が大変で大変で言うこと聞かないし、本当に困っちゃう。どうしよう」と愚痴を漏らす始末。本当に猫のお世話が嫌でたまらないようです(白目)。

ちなみに、猫を飼うようになった経緯は母親の突発的独断です。

6年前のある日、近所のペットショップに行った母親が「この子可愛い」と、今よりひと回り小さく、毛並みの美しい猫を抱いている写メを私に送ってきました。

犬を飼っていることもあり、餌などの購入でペットショップに行くことはいつものことなので、たまたま可愛い子がいたんだろうな〜くらいに思い、純粋に「可愛いね」と返信しました。

帰宅したら(当時私は大学生で実家にいました)、まさか猫がいるとは思いもしませんでした。だって私、猫アレルギーですから(泣)

―独断でよく考えもせずに購入した挙句、飼ってみて言うこと聞かないから譲りたい。―

捨てられるペットの問題は、どこかテレビの向こう側の冷徹非道な人たちの事だと思っていました。実の母親がこんな人だったとは二重にショックでした。(いや、私の猫アレルギーのことを覚えていないこともショックなので三重にショックですね。)

以上、実家に帰って色々ショックを受けたのが本日のハイライトでした。

実家の猫(1)

今日は子どもを旦那に任せ、久々に実家で飼っている愛犬と愛猫に会いに行きました。

愛犬は御年14歳。耳も目も悪くなっていて、私が近付くまで誰だか識別できなかったのはとても辛かった。。去年は遠くに私がいても、しっぽふっていたのに。加速する老化。もっと頻繁に会いに行くね。

老犬とは正反対で、6歳の愛猫は元気満天。隙あらば脱走するやんちゃな時期。私が猫アレルギーだからあんまり触ってあげられないけど、私が遊びに行くといつも遊んで遊んでーってごろごろ寝転んでくれる。暫くすると、つんつんしちゃって近寄ってくれなくなるのにね。かわいい奴め。捕まえて頬ずりの刑にしてやる(目が痒くなる)。

この愛猫の事で、すごく衝撃的なことを母親が計画していたのを知って辛くなったので、後でアップします。

実家は疲れるなぁ。

ブログ始めました

頭の中の整理と語彙力強化のために、社畜OL(現在育休中)な私の日常を書いていこうと思います。

具体的には、幼少期の父:アル中&母:ヒステリーな家庭環境で培われたメンタルの弱さによる現在進行形の悩みや、子育てのあれこれ、会社運のない社畜生活の様子を綴っていくことになりそうです。

辛いことか多すぎる日々ですが、なるべく明るい内容になるように努めて参ります。

よろしくお願いします。