メンヘラの徒事

エリ、メンタル弱めな日頃のモヤモヤを綴る。読書記録としても利用します。

母親にされて辛かったことを上げていく

今後の子育てに役立つ事を願い、母親にされて辛かった記憶を振り返ってみようと思う。

 

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①「ダメな子」意識

運動会やお遊戯会といったイベントが幼稚園で催されるが、前日頃から風邪をひき、当日欠席するような子どもだった私。看病中の母が呆れた様子で「いっつも風邪引くよね」と言った。きっと一度の愚痴やぼやきなら忘れていただろうが、小学生に上がっても、中学生になってもこの頃の話を持ち出し「呆れた子」「ダメな子」意識を植え付けていった。ちなみに今でもこの話をされて心が痛む。。

 

②風邪を引くと叩かれる

小学3年生の頃、気持ち悪くて我慢できず部屋で嘔吐してしまった時、わざわざ部屋にやってきて床に吐いたことに怒っているのか頭を叩かれたことは今でも忘れない。許さない。

 

③「突き落としてやろうか」

小学3年生の頃、お受験専門の塾に通うも成績が悪く、母の怒りが頂点に達したのか2階のベランダを指差しながら「突き落としてやろうか」と言われたことは「死」を意識する始まりとなった。あの時、もう少しの勇気があれば飛び降りていたことだろう。その後も近所の歩道橋や駅のホームを前に、全てを終わりにしたくなる時期があった。中学生の頃がピークだった。今もストレスや不安感で負荷がかかると、自殺願望に支配されることがある。

 

④友達を家によぶと叩かれる

小学4年生の頃、だんだん女の子たちはお家で遊ぶ事が多くなってきた頃の事。いつも家は物で溢れ、とんでもななく汚い状態を見られたくない理由で、家で遊ぶ事を禁止していた母親。でも、どうしても友達と遊びたくて家に友達を招いて遊んでしまった。友達が帰った後、嫌というほど叩かれ怒鳴られ怒られた。もう二度と、友達を呼ばないと心に決めた。現在も家は汚く、今後も誰も招くことはないだろう。

 

⑤習い事ずくし

月曜 水泳

火曜 塾

水曜 バレエ

木曜 塾

金曜 ピアノ

土曜 塾、バレエ

日曜 塾(隔週)

といった感じで、小学3年生の頃から習い事ずくしで遊ぶ時間がなかった。良い教育を受けさせたいと思ったからだそうだが有難迷惑。習い事に子守をさせたかったのかな?結局今は無趣味。残念すぎる。

 

⑥服代は渡さない

中学生の頃。そろそろ洋服にも興味が出てくる年頃。小学生の頃のダサいTシャツでは外に出られない、服が欲しい・服を買うお金が欲しいと訴えても聞き入れてもらえず。。。友達と遊ぶのを躊躇するようになった。

 

⑦全否定

 アルコール依存症の父を嫌い、父と母は毎日毎日喧嘩や取っ組み合いが絶えなかった。父親のことを母が嫌っていることは明白だった。

父親似の私は事ある事に「お前はあいつの血が濃いからわがままなんだ」「あっちの家系だからバカなんだよ」「どんくさいのは父親似だから」と父の血を継いでいることを殊更強調し罵倒されることが多々あった。辛かった。寂しかった。死にたかった。母親に似ていないことをダシに「病院で取り違えられたんだよ」と何度も聞かされたのは本当に辛かった。私は出来が悪いから別の子が良かったんだと、子どもながらに思っていた。

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ここまで書いていて、当時を思い出して辛くなってくるんだけれど、今後、我が子に同じことをしてしまわないよう、戒めとして書いておく。

まだまだ書けることはあるけれど、今回はここまで☆